研究のスタイル、ぼくのは参考になんないかあ・・

 ここ数日、あるミーティングをする。

「文献表」がないことを指摘される。確かに問題である。

 でも、よくよく考えてみると、ある問題設定がある。いや、ぼくはフィールドワーカーだから(こういう主体の持ちようの若干変なのだが・・。)あるISSUEを設定するときは、たいてい、フィールドというか日常生活をしているなかの人の出会いから、ある問題をみつけて、それを掘り下げていく。

 どちらかというと それはリサーチ・クエスチョンという類のISSUEというかPROBLEMATICである。

 そうなると文献表というのは、「調査」や「研究」の途中で作成される。だから最初は無くって当然なのである。
 今までは個人で研究をしてきたから、問題設定 ⇒ 問題の掘り下げ ⇒ 文献作成(先行研究のサーベイ)⇒ 参与観察・フィールドワークでの課題設定 ⇒ データーのまとめ

という作業行程で作業を行っているんだけど、どうも、文献研究の人は違う様である。

 いまさらながら、文献研究をしている人から相当の「違和感」をもたれてしまったようである。
 おそらく、テキトーに研究しているように思われたのだろうが、テキトーにはしておりませんと言いたかったがその場ではなんとなく・・、言えませんでした。

 うーん。文献研究の人とうまくやっていくためには、ぼくのほうがあわせないかんとは思うんだけど・・。人類学って、基本的に、日常でも人を観察しながら、本も読むもんなんですが・・、とも思うのですが・・。まあ答えというのはないのですが・・。

 でも、やはり、私のスタイルというのは特殊で、他人には伝達不可能なのか。それとも、まだその域に達していないのか・・。

 まあ、域に達していないんだろうな・・。