総括―不振だった原因
年末なので、月並みですが、今年の総括
2009年は、仕事は、5段階でいうと、3だろうな・・。きっと。
プロ野球のバッターのレギュラー級の3番にたとえると
打率.270、本塁打18本、打点70 ぐらい、失策4 ぐらいかな
決してよいシーズンではなかった。
なんでよくなかったのか、総括しよう。昨夜から文字ばっかりうっていて、テンションがあがりぱなしなので、止まるまで、やることにしました。
まず原因
1、そもそも、ここ数年間うまくいきすぎていた。
2007年に学シンに選ばれ、2007年6月に『現代思想』から論文を出し、2007年度に課程博士を終え、2008年度に某国立大学の社会学研究室にPDとしてお世話になった。そもそも、これだけ一気に走りぬけるとどっかで息切れするにきまっている。
2、前項に関連して、学シン期間中に、他人からの評価を気にするようになった点
ぼくのセールスポイントというのはあまり他人からの評価を気にせず、自分が信じた事をまっすぐやることだった。よきにつけわるきにつけ。ところが、国からお金がおり、ある程度、この期間中は、本数だけでも業績をあげないといけない。それにある程度調査などで、お金がかけれる。関連分野の研究会などにも主張できる。そうなると勢いはつくのだけど、なんとなく自分の本来のペースを乱してしまったような気がするのである。
2010年は、これまでのペースを取り戻すぞ! 我思う故に我あり、だあ!
3、環境の変化に慣れるスピードが前より遅くなっている事に無自覚だった。
今年、職場を変わった。もちろん、Rの研究室は倉庫代わりにつかっていたので、出入りは某国立大以上に、出入りしていたのだか、ゼミなどの参加は社会学研究室がメインだった。そうなると、込み入った人間関係には、1年ぶりに入ることになる。
適応力はあると自負している。この過信がアダになった。思いあがっていたのである。
他にも家が変わったり、プライベート上の変化にも適応できていなかったのである。
いつまでも若くない。
4、フィリピンに夏いけなかった。日本でのフィールドワークをしていなかった。
やっぱフィリピンの人と会わないとさびしい・・。
そこで2010年は
1 がつがつしない。
2 我を忘れない。
3 予定がなくてもフィリピン人コミュニティには顔を出す
そして、あえて新しいことをせず、博士論文など過去の研究を再検討し、アウトプットがまだのものを改善させて、アウトプットすることに努める。
あとは、3月あたりから、水泳を再開する予定です。
ということで、みなさんも気をつけましょうね。